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考古少年回顧録
ブログ紹介
 筑豊考古学ノートを改め考古少年回顧録とする。色々なブログにバラバラに書いた回顧録をここに集めるものである。
 発掘調査の職業病であろうか、腰痛がお出ましになる。昔は実測、今はパソコンで目もおかしくなった。
 ただ、50をすぎても少年期の熱意は冷めないらしい。年をとるごとに夢に向ったことがしたくなる。少年期は現実を知らず、ひたすらのめりこんだ。今はというと・・・やっぱり何も考えずにのめりこみたい希望が先を走る。追いつけないなぁ、まだ。

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タイトル 日 時
考古少年復活(自転車の考古学から40年目となりました。)
 中学1年生で5段ギアの自転車を購入、ペダルのところのギアがオーバルといって、楕円形をしていた。その自転車で数々の遺跡を走り回ったのである。高校になるとバイクがほしくてたまらなかったが、親の「危ない」という反対にあって、バイクを断念、しかし、当時、6万円ほどしたブリジストンのユーラシアシリーズであるスポルティーフを購入した。 ...続きを見る

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2010/12/13 23:09
筑豊の考古学 井上裕弘さんの思い出
 11月20日の18時読経が流れる中、井上裕弘さんの通夜が始まった。私には元気な姿と笑顔しか記憶がないのだが、それにしても、あまりに突然の訃報であった。 ...続きを見る

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2010/11/25 14:16
考古少年は消えた?
 この間、新聞記者と話す機会があった。はじめは、古文書の話からであったが、古文書を読める人達も高齢化していて、気軽に「これ読んでください」と頼めなくなって来た。周囲を見渡せば郷土史家や地域の歴史に詳しい人が少なくなっている気がする。記者は「若い世代で郷土史に興味をもってやっている人はいないんですか」と聞かれ、そういえば、専門の研究会など別にして、歴史講座など顔を出しても、私より若そうな人にはなかなかお目にかかれない。  いつしか、考古学に興味のある青少年がいないなぁーという話になった。もちろん... ...続きを見る

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2010/02/16 22:34
考古少年回顧録−発掘人生ー
1 着任前夜 ...続きを見る

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2010/02/13 16:26
考古少年回顧録ー発掘人生ー
 それから、十数年たって同志社大学の学生が論文で鏡背面や鏡面に故意につけられた傷について取り上げ、それをまとめたいということで鏡を見せるうちに、傷の話をしたら、古墳の発掘中に鏡に傷が付いていたのをやはりその学生がつけたのではないかと疑われたことがあったという。それから、そのことに興味を覚えて取り組んでいるということで、写真を見せてもらったら、そっくりな傷があり。私の中で無罪釈放となった。 ...続きを見る

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2010/02/13 16:25
考古少年回顧録−学生編−
― 考古青年回顧録の続き ― ...続きを見る

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2010/02/13 15:50
考古少年回顧録ー高校から大学に−
 考古少年回顧録の続きです。  中学を卒業し高校へと進学、そこで、考古学愛好会なるものの存在を知り、入会することとなった。愛好会から同好会、そして、考古学クラブへと発展する。その過程での出来事なりを紹介しよう。  中学を卒業すると、それまで考古にとりつかれた仲間達はばらばらとなった。進学しても相変わらず続けているのが私である。それも、たった1人で。春先は溜池が満ちてしまうので、秋までは石器採集は出来ない。それでも、藤森栄一や中村孝三郎の本を読み、旧石器時代に夢をはせるのである。また、採集した... ...続きを見る

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2010/02/13 15:47
考古少年回顧録ー石器や土器の探し方ー
 石器や土器を収集することは、何か謎めいてとても楽しく・・・これってマニアック、それでいいんじゃないの、まぁ、私の時代にはそのような言葉すらなかったが ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/02/13 13:09
考古少年回顧録 ー拾遺ー
考古少年回顧録で、記載できなかったこと、つまり、忘れ物を思い出したまでのことであるが、忘却のかなたに置き忘れるよりも残したいという気持ちから書くものである。  1 球体の黄鉄鉱  中学1年の時にようやく見つけた化石採集場所は、篠栗町の池ノ端という場所である。今は、すっかり家が立ち並んでいるが以前は造成したばかりの分譲地で、格好の遊び場でもあった。植物の化石が採集できるのは今でも同じで、崖下にはその昔、我々が崩した残骸が散らばっていて、容易に採集できる。その向って左側に地層をたどっていた中学の... ...続きを見る

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2010/02/13 12:57
考古少年回顧録ー中学編ー
                             考古少年回顧録 ...続きを見る

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2010/02/13 12:48
考古少年回顧録ー中学編ー
<最初の獲物>   濡れ鼠になって帰宅すると、夕方の6時近くになっていたが、早速、今日の収穫物をポケットから出して居間の新聞紙の上に広げてみた。もちろん、購入した真新しい「石器時代の日本」を横に置いてのことで、別に右横に置いたわけではないが、この時から座右の書物となった。ひろった黒曜石やサヌカイトを1点ずつていねいに観察しながら、その中に本のものと同じものがあればしめたものである。そのうち両親が見に来て「なんやそれ」とたずねた。私は心もち胸をはって「これが石器ばい」と答えると、父がひろった物を... ...続きを見る

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2010/02/13 12:47
考古少年回顧録 −中学編ー
<ついに尖頭器発見>   我々は、大物を発見した場合、ひろった石器の名前をくり返しながら円を描いて踊ることを常としていた。旧石器に異常な興味をもっていた私は、常に、その採集を一番と考えていたが、ある時、化石採集時代からの友人であるデカさんが、加与丁池でとんでもないものを採集した。それまで、ナイフ形石器、細石核、細石刃などをひろっていたが、尖頭器(ポイント)と称される柳葉形の槍先形石器はひろったことがなかった。「日本の考古学」には佐賀県多久市で出土した大形の尖頭器が写真と図で示してあった。いつし... ...続きを見る

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2010/02/13 01:24

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